悲劇の少年王 ツタンカーメン


   C   ツタンカーメン発掘記



ハワード=カーターは、ツタンカーメンを語るには外せない人物であります。彼はズバリ、1922年
ツタンカーメン王墓を発見した人です(そして何気に同じ年にエジプトがイギリスから完全独
立を果たしてたりします)。

イギリス人であるハワード=カーターの父は、画家でした。カーターはその画才を受け継ぎ、当時
重要な仕事だった「発掘物のスケッチ」をしているうちに、エジプトの魅力に捕らわれたらしく、つ
いには自分でエジプトの発掘を始めてしまいました。


ところがある日、マナーの悪いフランス人の観光客とケンカになってしまい、考古局を辞めさせら
れてしまいます。悪いのは完全にフランス人の方だったのに・・・。カーターは生計を立てるため
に、観光客に、自分の書いたエジプトの風景画を売ったりしてすごすようになりました。そうして
いるうちに、カーターはついに出会ったのでした。“幻の王”ツタンカーメンに・・・

ツタンカーメンは、先ほども述べたように、ホルエムヘブの手で、存在を歴史上から削除されてし
まっていました。だから、当時のエジプト考古学者たちの間で、ツタンカーメンの存在は“幻”“伝
説”にすぎなかったのです。しかし、カーターは決意しました。何があってもこの王を発掘してみ
せる、と!!


突然、カーターに好機がやってきます。イギリスの大金持ち、カーナボン卿が、カーターに発掘
の費用を出してくれることになったのです。ちょうど、王家の谷の発掘権を握っていたアメリカ人、
セオドア=デイヴィスが、大恐慌の影響でアメリカ本土に帰ってしまったことと、フランス人のせい
で失脚したカーターをかわいそうに思った考古局長のおかげもあり、カーターは念願の、ツタンカ
ーメンの発掘ができる事になったのでした!!

ちなみに、このスポンサーのカーナボン卿、実は世界で始めて自動車で交通事故を起こした人
だったりします。その療養のために、暖かいエジプトに何度も来ている内に、すっかりエジプト好
きになってしまったわけで・・・。偶然って凄い!!


そんな感じで、ツタンカーメンの発掘は始まりました。例の、カーターの前に王家の谷を発掘して
いたディヴィスは「王家の谷は掘り尽くされた!」とかなんとか言っていたんですが、カーター
は耳を貸さず、独自の研究によって見つけ出したラムセス6世墓付近のスポットに焦点を当てて
掘り続けました。

ちなみにこれがカーターが目をつけていた三角地帯の図(適当さ加減極まりない)です。


掘っても掘っても、何も出てこない。そんな状態が5年も続き、ついにカーナボン卿もがっかりして
しまって、「もうお金出さないよ」とか言い出してしまう。カーターは食い下がりました。「後もう1
年だけ出してください!」
そんなカーターの熱意が通じたのか、カーナボン卿は、最後の1年分
のお金を出してくれる事に同意したのでした。


残り1年・・・。やっぱり、掘ってもなかなか出てこない・・・。カーターは絶望し始めました。やっぱ
りツタンカーメンは幻の王だったのか・・・。あきらめはじめた秋、1922年11月4日。発掘のため
に雇っていたエジプト人の少年が、突然声を上げました。

 「ありましたぜ、ダンナ!!」

カーターは驚いて駆けつけました。それは・・・。王墓の入り口へと繋がる、階段の一部だったの
です!!

そこからの発掘は、バリバリ進みました。見つかったとなれば、誰もの意気込みが違いました。
間もなく、王墓の封印壁が見つかりました。そこに押してあった紋章には、『ネブ・ケペルゥ・ラ
ー』とありました。これは、ツタンカーメンの紋章でした。間違いない、これはツタンカーメンの
墓だ!!
カーターはあわててカーナボン卿に連絡しました。「素晴らしいものが見つかりました。
急ぎエジプトまでお越しください」・・・。カーナボン卿は、慌ててエジプトに駆けつけました。

カーナボン卿がエジプトに到着し、初めて封印壁に穴を開けて・・・。上部に小さな盗掘の跡が見
つかり、カーターは思わずがっかりしました。それでも、ろうそくを使って、小さい穴から王墓の奥
を覗いて――。カーターは固まった。そのままずっと何分間も、身動きすることなく王墓の中を眺
め続けるカーターに、カーナボン卿は不思議に思って尋ねました。「どうしたのかね、カーター君。
一体何が見つかったのかね?」カーターはハッとわれに返って、その場をカーナボン卿に譲りま
した。カーナボン卿は不思議に思いながらも、穴の中を覗き・・・。その中にあったのは、これま
で見たことも無いような、大秘宝の数々だったのです・・・!!


かくして、ツタンカーメン王墓は発掘されたのでした。



■ツタンカーメンの呪いは本当か?■


誰もが一度も聞いたことがある、“ツタンカーメンの呪い”。ツタンカーメンの発掘に携わった人は
、皆死んでしまったとか言うあれです。確かに、カーナボン卿は、もともと事故で肺を痛めていた
せいもあって、ツタンカーメンの黄金のマスクを見る前に死んでしまいました。そのほかにも何人
か死んだ人がいましたが、カーターは全然、なんともなかったのです。

これは、マスコミ嫌いのカーターが、マスコミにやたら冷たく当たっていたせいで、起こったマスコ
ミが勝手にべらべら書き立ててしまったものだったのでした!しかし、皮肉な事に、そのマスコミ
の立てた“呪い”の噂がツタンカーメンにさらにミステリアスさを加えたせいで、余計に人々の関
心はツタンカーメンに向いていったのでした・・・。




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